心のこと~for Mind&Spirit

下痢便秘の意味は、猫?

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症状は、心の鏡~事例研究

これは、筆者が、まだ猫嫌いだったころの話。
2008年4月の執筆ですが、症状の意味を考える典型的な事例として、まったく古さを感じさせません。
注目すべきは、相似形です。

旧題:猫嫌い

出会い

私は猫がきらいです。
でも、うちには猫がいます。
あれは、2年前の春、まだ上大岡の丘の上に借家住まいしていたときでした。
家へ帰りつこうという私の足元に、「ニャー」と、どこからともなくやってきた子猫がまとわりついてきました。追い払っても、追い払っても、からみつくように離れません。そして、あつかましくも玄関にまで入ろうとするのです。私は怒って猫を押しのけ、ドアを閉めました。それでも猫はあきらめません。その後数時間にわたって、ドアの向こうで鳴き続けました。

翌朝、玄関を出ると、昨日の猫が駆け寄ってきます。
夕暮れ、帰ってくると、その猫がまとわりついて玄関に入ろうとします。
朝、駆け寄ってくる。
夕、当然のように玄関に。

私の症状

妻は、猫がごはんをどうしているのかな、などと心配しているようでしたが、私はそんなこと知ったことでなく、近所迷惑に思われていやしないか、早くどこかへ行ってくれればいいのにと思うばかりでした。
そんなことが続いて、1週間もしたころ、私はある症状にみまわれました。ちょっときたない話で申し訳ないのですが、出るものが出ない、出ないんだけど出 る。便秘のような、下痢のような…。トイレから出ては、また入るの繰り返し。シャワートイレを使っていても、肛門がだんだんひりひりしてきます。

意味を探る

私はトイレに座ったまま、この症状の意味をつかまえることにしました。その気になって意識 を向ければ、とても簡単でした。便と私の肛門、私とトイレのドア、猫と玄関のドア。それぞれの関係は、相似形です。外と内、境界でさまよう様は3つとも同じ です。このことに気付いたとき、私はあきらめました。猫嫌いのラベルを掲げ続けるには、ほころびが大きくなりすぎです。素直になるしかありません。私はトイレから出ると、妻に告げました。

「あの猫を飼おう」

その瞬間、満面の笑みを浮かべた妻。
あ~あ。妻は、私がそう言い出すのを今か今かと待っていたのです。妻にはお見通しでした。いつしか、私の目があの猫の姿をさがすようになっていたのを。
私は悔しくて、強い口調で言いました。

「まず動物病院で健康診断!」

症状は治まった…

私の症状はすぐに治まりました。
猫は、ほぼ異常なしだったのですが、ショックというか、なんというか、彼女は子猫ではなくて、高齢猫だったのです。それゆえ、腎臓と肝臓の数値が今一つ。 フクザツな気持ちでした。でも、彼女は元気です。それに行儀がいい。トイレはすぐに覚えましたし、爪をとぐのは爪とぎおもちゃのところだけですし、テーブルの上には飛び乗りませんし…。たいていの場合、犬のように私のそばにいます。
それからほどなくして、探し続けていた不動産情報が舞い込んでくるのですが、この猫のおかげかどうか…。それは別の機会に。

付記

このときの猫が初代「かのん」です。よくクライアントさんへ挨拶に出てきたものでした。https://img.readitlater.com/i/uchida.annaiban.net/images/pic4/RS/w704.jpg
当時、猫が家に入ってくると、不動産運や仕事運が上がる、そういう話をあっちでもこっちでも山のように聞くことになりました。筆者もその気になってしまったものです。どうもそういう伝説みたいなものが、あるところにあるようです。
それはともかく、いまは猫好きになっってます。どうも傍らに猫がいないとヘンな感じです。
初代「かのん」は、この記事の執筆後2008年7月に逝きました。
その後、すぐに二代目「かのん」を迎え入れました。初代と違い、すぐに隠れてしまうその姿を目にできたら、それはラッキーです。(2016-1-10)

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